戦国武将の中で兄をよく補佐した武将として有名なのは武田震源の弟武田信繁だと思いますが、天下人豊臣秀吉を生涯補佐をした豊臣秀長を上げたいと思います。
秀長は癖のある兄秀吉に生涯よく使えまた一族が少ない豊臣政権において一族ではない家臣団をまとめ上げた豊臣政権の支柱ともいえる人物でした。

彼の好きなところは天下人の弟でありながら他の武将のように有名ではないがその功績は絶大であったという点です。私は戦国武将の中でも戦に強いとかに功績があった武将より乱世でありながら見事に治世を行った戦国武将が好きでそのなかでも豊臣秀長という人は秀吉をきちんと補佐しながらも決して兄より目立とうとせずまた大和・紀伊・和泉など利権だらけで治め難しといわれた国を見事に治めた点を評価しています。
また戦はどうかという点においても万事失敗をすることなくまた大軍を率いる能力もかなり優れていたと思われます。
その証拠に四国遠征では数か月え四国を平定しています。そんな彼だからこそ秀吉も留守中安心して城を任せられる数少ない身内ではなかったと思います。
それは陣地図を見れば分かりますが彼が陣地を築くところは攻守の要所このように豊臣政権においては得難い人材でありましたが、ただ彼唯一の残念なことは兄よりも短命であったということのみだったのです。
いつも秀長が秀吉よりあと10年長生きしていたらどうなったかと考えると朝鮮出兵や徳川家康の台頭も違ったものになっていたのではないかと思い大変残念に思われます。