私が運転免許を取りに行こうと思ったのは、
「徳島は車社会だし、あなたもそろそろ免許取ったら?」という母親からの何気ない一言がきっかけでした。
私は高校を卒業してすぐに就職した為、免許を取りに行く暇が無かったのですが、
同年代の友人達はのんびりと大学生活を送りながら免許を取得していたのです。
自動車が足代わりという土地柄からも、いずれ免許の取得は必至。


しかしその当時(二十代前半)は、「じゃあ、二十五歳になってまだ嫁に行ってなかったら取りに行くよ」と返したのです。
そして数年後…お独り様の寂しい二十五歳の誕生日を迎えた事で、
一念発起して教習所への入学申し込みをしたのでした。

私の誕生日は九月なのですが、その時期は丁度高校三年生達が推薦入試を突破し、ぼちぼちと教習所へとやってくるタイミング。
友達同士で仲良さそうにやってくる高校生達に混じって、二十五歳が独りぼっちで教習所通い…
正直、ちょっと居心地悪かったです。学科授業の教室で、ポツンと浮いているように感じたのは気のせいじゃないでしょう。

二ヵ月半ほど通っている間、生徒で仲良くなった人は居なかったんですが、
微妙な時期に微妙な年齢で入学したせいか、教習所の職員の方たちには何故か色々と可愛がって頂きました。
その教習所は送迎車があったんですが、私は遠方からの通いだった事もあり、
ほぼ毎回降ろされるのは最後になるものの、運転手さんの計らいで、規定の場所ではなく自宅のまん前で降ろして貰った事もなんどか。

しかし一番驚いたのは、小・中学校時代の同級生が、教官としてその教習所に勤務していた事です!
当日の勤務教官の名札が一覧のように掲示されているのですが、その中に同級生と同姓同名の人が居るなぁ…とは思っていたんです。
でもまあ、姓も名前もそんなに珍しくなかったので、まさか本人とは思わなかったんですね。
ところが正真正銘、その教官は同級生本人でした。
私の旧姓がちょっと珍しかった事もあって、向こうは名簿で名前を見た時に一発で判ったそうです。
こんな微妙な時期に私が免許取りに来たから、ひょんな所での再会になったのでした。
一度だけですが、その同級生が教官として指導して貰う機会がありました。
気安い反面、つい話しながら運転してしまうので、所々危なかったのも今ではいい思い出です。

仕事をしながら休日を利用しての通学だったので、実技教習は毎回乗れるだけ(一日二回)、
学科は受けられるだけ受けて帰っていたので、昼食抜きで教習所に居た事もありました。
教習所の中で、軽食を買える様な売店があったらなぁとよく思ったものです。
近所にコンビニも、食事を取れるようなお店もありませんでしたので…
上手く時間割が合わない時は三時間くらい間が空いてしまう事もありましたが、
元々本が好きなので文庫本を持ち込んで読んでいたり、休憩所にはずっと有線が流れていたので、
その当時の流行の曲をBGMにぼんやりと他の教習生の運転を見たりして過ごしていました。

一番長く居座っていたのは、仮免試験の日。
合格すれば直に次の過程の学科を受けられたので、結局朝の八時くらいから夜の七時くらいまで居ました。
その日最後の学科は確かチェーンの着け方やパンクの修理の仕方だったんですが、
授業中にウッカリうたた寝してしまい、ほとんど授業内容を覚えて居ません…
恐らく担当していた教官にも気付かれていたとは思いますが、見逃して頂いたのだと思います。申し訳ない…
しかも帰りの送迎車が満員で乗れず、なんと副所長のマイカーで自宅まで送って頂く事になってしまったのですが、
一日の疲れがドッと出たのか、この車の中でも再び居眠りをしてしまいました。返す返すも申し訳ない…

教習課程自体は二ヵ月半程で無事修了したのですが、
本免許を取得する為の学科試験は敢えて二週間間を空けて、
その間みっちり市販の問題集をやりこんだ後、クリスマスに受験し、一発合格しました。
免許の更新は誕生日前後ですが、免許の取得日はずっと免許にも記録として残るので、狙って行きました。
世間は楽しいクリスマス…なのに私は、あいも変わらず独りぼっちで運転免許試験場。
免許を見る度、当時の事を思い出し、今でもニヤリと笑ってしまうのです。

NAVER まとめ
合宿免許体験談のまとめ